ENLIGHTEN ASIA 2023 In Japan

DAY1 13:30~15:00

Asian Network

【S-2】Asian Crossroad/Let’s be inspired together!

異文化間の学びとネットワーキングの場として文化的な理解を促進し、照明デザイン分野を豊かにすることを目標とする本セミナー。アジアの6か国の照明デザイナーが多様な照明文化や価値観を探求し、照明デザインの分野におけるアイデアと経験についてグローバルな交流を深めます。シンガポールと東京を拠点に活動するambiguousの服部氏がモデレーターを務め、スライドを交えながら、各パネリストによる出身国、拠点とする国の文化や照明デザイン業界の状況についてのプレゼンテーションからスタートしました。

各パネリストの出身国や拠点とする国の文化や照明デザイン業界の状況について紹介がありました。まずは服部氏から、15年以上働き、暮らしているシンガポールについて。シンガポールは東南アジアの小さな島国で、文化・宗教の多様性があり、熱帯気候の国として知られています。大きな金融市場を持つことで有名ですが、世界でもっとも光害の多い国としても有名で、照明デザイナーとしてこの問題にも取り組まなければといけないと話し、藤井氏にマイクを譲ります。

シンガポールと北海道に拠点を置くNipekの共同設立者兼ディレクターで、現在は、北海道を拠点に活動をされる藤井氏は、日本について次のように話します。「日本の家屋では伝統的に間接光が使われ、それが木造家屋に特有の光の質となっていました。谷崎潤一郎は『陰翳礼讃』で、光と影の調和の中で美と影を評価しています。そして戦後から1990年代初頭にかけての経済成長期では明るい照明が良しとされるようになり、時代と共に日本人の価値観も明らかに変わります。しかし、COVID-19により、人間が自然の一部であることを改めて再確認することとなりました。環境への配慮と人間の健康が経済的な事態よりも優先されるようになり、照明デザインにおいても大きな変化が起きています。藤井氏は、夜の自然な光、あるいは自然な夜を取り戻す、「夜を夜らしく」という考えを提唱しており、これを広めていきたいと意気込んでいます。

3人目はレバノンを拠点にエジプト、サウジアラビア、UAE、カタール、シリアでも活動されているCherine Saroufim氏。Cherine氏はまず、レバノンは過去4年間で様々な不運に見舞われ「光の貧困」と呼ばれる状況にあり、都市は発展しているように見えているものの実際は照明が不足しているという現状を伝えます。光は今や食料、住居、清潔な水と同じように重要な資源であると世界的に見なされているにもかかわらず、過剰に照らされた都市そのものが現代の問題になっているのです。都市部では光が多いほど良いと考えがちですが、特にレバノンでは電気の供給量が少なく、発電機を所有できる裕福な人ほど電気を使うことができるため、光が多いということは裕福であることを自ずと意味するようになってしまいました。これはCherine Saroufim氏が活動する地域全体で見られるもので、いまはこの問題に取り組んでおり、いずれ解決したいとのことです。

続いては、デリーを拠点にインドの様々な地域や数カ国でプロジェクトを進めているLinus Lopez氏。電気エンジニアとしてキャリアをスタートしてから32年、その内23年間は照明デザインの分野に携わっています。照明デザイナーに転身した自身の道のりを振り返り、その目的は「人々に照明デザインというものを意識させ、それがもたらす価値を理解してもらうことにある」と言います。現在のインドにはIALD Indiaと最近設立されたインド照明デザイナー協会という二つの照明デザイン団体がある一方で、照明デザインを学ぶコースはありません。そのため、インドで照明デザインを広めていくためには、一度インド国外で照明デザインを学ぶ必要があります。照明デザインに何ができるかを理解して戻ってくることが、インドが置かれている状況を実際に改善できる方法であるとLinus Lopez氏は話します。

次にマイクを渡されたJinkie De Jesus氏は、このイベントで東京の素晴らしい夜景を体験し、フィリピンの照明デザインについて深い気づきを得られることを期待していると挨拶。フィリピンは、その美しいビーチや滝、山など、世界でも有数の旅行先として挙げられます。しかし一方で、台風や地震、洪水といった自然災害も頻繁に発生するため、屋外の照明器具は過酷な気象条件に耐えられるように設計する必要があります。高温多湿なフィリピンの気候は気候変動の影響によってさらに暑くなっており、社交活動や運動などを夜間に行う人々が増えていることから、照明デザイナーの役割がより重要なものになってきました。フィリピンは今も成長を続けており、ショーケースやファサードの照明需要は増加傾向にあると同時に、空港や道路などのインフラでは明るい照明デザインが好まれています。照明デザインが採用されるのはグレードの高いプロジェクトのみにとどまっており、これがフィリピンにおける現在の課題です。

最後はUno Lai氏。「私は台湾で生まれ、学業のためにニューヨークに行った後、2005年頃にアジアに戻り、自分の会社を立ち上げました。それ以降はデザイナーでありながら、どちらかというとビジネスマンに近いと自覚しています」と自己紹介。中国、台湾、香港を含め、自分が働いてきたこれらの都市が現在どのように見えるかという概要を説明しました。上海、成都の例を挙げながら「中国では照明は繁栄を祝うだけでなく、経済の発展を象徴するために使われ、深圳や香港ではライトショーのほかにも祝日のメッセージやテキストメッセージを映し出すメディア・ファサードが多用されています。一方で、独自の文化を発展させている台湾では中国本土に比べて明るくなく、照明も非常に繊細でエレガントだ」と話しました。

各パネリストの自己紹介が終わり、次のトピックである「光や照明にまつわる言葉や表現」に移ります。言語には文化的かつ歴史的な背景があり、人々の考え方や在り方にも影響を与えています。それを理解することで皆さんの国をより深く理解できると、服部氏が説明しました。英語で直訳できる言葉が存在しない「木漏れ日」という日本語を例に挙げ、それぞれの国にもこのような言葉があるかどうか質問を投げかけました。

この質問に対し、藤井氏は「陰翳」について紹介。日本語の「陰翳」は単なる「影」でなく、交錯する光と影の演出であると藤井氏は話します。クライアントに対して「この空間を美しい陰翳でデザインします」と言うことで本来は「影」を意味するところを光と影の繊細な演出をデザインするというニュアンスで伝えることができます。その言葉には美しさがあり、詩的な表現も添えられていると言及します。

Cherine Saroufim氏は、レバノンの文化には「陰翳」のような光と影を示す具体的な言葉はないものの、そのことを表す建築的要素に「ムシャラビエ」と呼ばれる突出し窓があると紹介。木製の格子窓は昼間に光を遮断すると同時に、夜間に湿気を吸い込んだ木格子が日中に太陽が当たることで湿気を放出し、室内に冷やされた空気を送り込むという機能をもっています。どこにどれだけの光を入れるか、換気をするか、プライバシーを確保するかを決めることもでき、夜になるとランタンのように機能するとも説明しました。

Linus Lopez氏は、インドには光の効果を説明するための単語は少ないが、光自体に関する言葉はたくさんあると説明します。例えば太陽には「Surya」や「Suraj」といった、音声的に類似する言葉があり、光には「Roshni」「Prakash」「Deep」という、音節が全く異なる3つの言葉があります。また、影を表す言葉もたくさんありますが、暗闇と同様にネガティブな意味合いを持っています。照明デザイナーがどのようにして暗闇を定義し、何が我々にとって良い影であるかを再考する必要があると話します。

Jinkie De Jesus氏は、フィリピンの言語はスペイン語、バハサ語、マレー語の組み合わせで構成されていると説明。「maali walas」は、英語では「bright and airy」を意味し、均一に照らされて明るく影の少ない空間をクライアントが求める際に使われる言葉です。「Sinag」は太陽の光を指しますが、眩しさを意味することもあります。「Kislap」は輝き、「Kutitap」は煌めきを意味します。スペイン語由来の「Pundido」は電球が切れるときにのみ使われる言葉で、壊れた照明のことを指す表現です。

照明デザイナーになる前から月が好きだったというUno Lai氏。中国文化では世界を陰と陽に二分して捉えます。陽は太陽でありポジティブであることを指し、陰は暗闇を指します。その暗闇の中で唯一「陽」となれるのが月であり、夜を祝うための行事や詩などの多くに月が引用されていると説明します。また、科学的な事実として月は月齢によって異なる名前を持つだけでなく、経験上、月をコンセプトに用いればクライアントへのプレゼンに成功することに気づきます。月は太陽の光を反射しているにすぎませんが、夜には光源になり、明るい月があることによって暗闇の存在が浮かび上がるのです。そして、照明デザイナーは光だけでなく、影も作り出して光を印象づけていると考えると、それはまさに月の役割そのものだと言えます。そのことは自身にとっての発見であり、月がもたらす効果に魅了されているだけでなく、仕事にも非常に役立つものだとUno Lai氏は話します。

次のトピックでは照明デザイナーが直面している問題について2つのカテゴリーに分類して話し合います。一つは各国が抱えるそれぞれの基本的な社会問題で、もう一つは国に関係なく皆が直面している共通の問題です。服部氏は「インドが直面している課題について話していただきたい」と、Linus Lopez氏を指名しました。

「先の話にあったように、光と富の関連性については照明デザイナーとしてだけでなく、この地球に住む70億人の中の一人として心配している点です」とLinus Lopez氏。現代のクライアントは光を必需品ではなく贅沢品と捉え、富や新たな権力を表現するものとして考えるようになっています。また、LEDの利用によって単体ではエネルギー消費の割合が小さくなっているにもかかわらず、インドのような国の規模で考えると、どれだけのエネルギーを使用しているのかは依然として重要な問題だと懸念しています。一方で、材料の選定における持続可能性も大きな課題の一つです。インド社会は「カバディワラ」と呼ばれるごみ回収業者の存在で成長しましたが、彼らを社会から排除してしまった今になって、循環型経済が持続可能な社会を実現する唯一の方法であると漸く気付いています。この循環型経済という選択肢が、インドの製造プロセスに組み込まれるように促進することが非常に重要です。
Uno Lai氏は「中国でも多くのエネルギーを消費しており、共通の課題だ」と賛同しました。

レバノンでは様々な不運により光を失い、光とともに生きてきた人々は夜間にどのように生活すれば良いのかわからず、多くの人が軽度のうつ病に陥ったとCherine Saroufim氏は言います。既存の照明器具を太陽光発電に対応する照明器具に置き換えたり、建物に設置されている発電機を利用するなど、照明を確保するために協力してくれる非政府団体などが多く存在しています。また、政府に頼ることができないため、民間団体や個人でインフラを整備してきました。しかし、環境面に目を向けると、大気汚染は劇的に増加しているそうです。自家発電機や太陽光発電によってさらにエネルギー消費が増えて、持続可能性を低くしてしまっていると、現状を語ってくれました。
Jinkie De Jesus氏は、フィリピンにおける照明の問題は、政府の不安定さ、治安の悪さ、高い犯罪率など、様々な社会問題と密接に関連していると言います。光害の問題は優先事項として考えられることはなく、光害に関するガイドラインも民間や富裕層向けのデベロッパーから提示されるのみに留まり、こういった私有地とその外での夜景は大きく異なります。また、照明器具の設置技術の低さに加えて、破壊行為や盗難という二つの大きな問題を抱えていますが、これはフィリピンにおける根本的な問題である「教育水準の低さ」に原因があると指摘しました。
この問題にはLinus Lopez氏も賛同し、学習経験の重要性を共有しました。

話題は、照明デザイナーが直面している各国共通の問題に移ります。中国で活動するUno Lai氏は、デザイン面と運用面の難題に直面していると言います。デザイン面では、照明デザインに対する理不尽で過度な要求が中国のクライアントから増えているという現状があり、運用面では照明デザイナーの採用において純粋に照明デザイン会社で働きたいと思う有能なデザイナーを見つけるのも難しくなっているのです。

藤井氏は照明デザイナーが常に気に留めておかなければならない問題として、視作業における水平面照度を挙げています。日本では照明デザイナーが携わっている場所においても視作業のための照度がそれほど重視されない場合もありますが、シンガポールなどでのプロジェクトでは必ず水平面照度の問題が付いて回ります。これは非常に重要な問題で、解決方法がわからないのが現状だと話します。そしてもう一つの問題として挙げられたのは、測定できないものであるはずの照明デザインが、数値や指標で評価されるようになってきたことです。
かつては均斉度や、10年ほど前から使用され始めた照明電力密度などの指標がありましたが、最近では光害予防のために用いられる照度や体内リズムへの影響を考慮した波長規制など様々な指標が出現しています。これらの指標は持続可能性や人体の健康に最適化された照明デザインを手がける上で必要不可欠ですが、照明デザイナーの介入が制限される傾向にあります。照明デザイナーはこうした指標を意識し、積極的に活用する必要がありますが、単に指標を満たすだけでなく、それ以上の価値を提供する必要があることを忘れてはいけないと訴えます。

藤井氏の意見に対して服部氏も賛同し、「基本的には持続可能性に考慮する必要もあり、それらすべてを乗り越えて、本当のデザインに取り組まなければならない」と話しました。

最後に、日本の照明デザインや照明に関する印象、そして各国との違いについて共有していきます。

藤井氏は東京駅のスライドを見せながら、「ここは美しい場所であり、気持ちが良く、安全で、綺麗で、適度に暗いですよね。だから日本の照明デザインは多くのことが伝えられると思う。このような写真や照度のデータを集めることで、他の地域でこの暗さを受け入れてもらうための材料として役立つかもしれない」と話します。

今回が初来日となったCherine Saroufim氏は、ネットで見た日本と実際の日本との違いに戸惑いながらも、「昨日歩いた街はかなり薄暗くて、それがすごくいいなと思いました。たくさんの光を浴びていなくてもこの街に属している気持ちになる」と感想を述べます。

Linus Lopez氏は、谷崎潤一郎の「陰なくして美はなし」という話が自身の照明デザインに対する考えを変えたと述べました。

Jinkie De Jesus氏は、フィリピンにはカピス・ウインドウという日本の障子窓に似た窓があったり、デパートや小売店では明るい照明が好まれるなど、いくつかの共通点が両国にあると言います。日本に独特の照明デザインがあるように、フィリピンも独自のアイデンティティを持つことを望むそうです。

Uno Lai氏は、照明デザインを行う際にはすべてが階層・コントラスト・ヒエラルキーに関わっており、日本はこれをとても上手に行なっていると言います。2枚のスライドを見ながら「すべての建物が常に照らされているわけでなく、それぞれが最も明るく目立ちたいわけでもありません」と述べます。こういった階層性について日本の照明デザインが教えてくれたと話し、セッションは締めくくられました。