Cross Boundary
【S-4】領域を超える照明デザイン
様々な社会課題が山積する今日、建築や都市デザインの手法に大きな変化が見られ、従来と異なるアプローチの実践が始められています。その社会変化の中、照明デザイン・照明デザイナーにとって「領域を超えるとは何か」を、照明デザイナー8人の活動発表をもとに考察していきます。
まず、モデレーターの長町氏から今回のテーマである『Cross Boundary』について簡単な説明がありました。領域を超える照明デザインを考える時、照明デザイナーは照明という領域の変更と未来に対しての模索、つまり「イノベーションとエキスパンション」を探しています。自身の仕事でそんな領域を超える経験を持つ8人の登壇者を迎え、それぞれのイノベーションへの挑戦と領域の拡張について、1人4分ずつ話すスタイルで進行していきます。
最初の登壇者は内原氏。都心部の再開発などに見る画一的な照明デザインの変化に触れ、建築家やインテリアデザイナーなどと同じように照明デザイナーにも参画するチャンスが広がっており、都市の夜景の中心に「節度ある闇」をつくり、照明のバランスを考えることが重要だと話します。そのバランスを考える時、等分する、シェアするという発想が大事だと。照明デザイナーのスキルを生かしてデザインの領域を広げて行くなかで、プラスにする光、引いていく光のいずれもシェアという発想の中でデザインしていくことがこれから大事になると話しました。
次の登壇者である武石氏は、自身が携わったホテルの改装案件を例に話を進めていきます。ホテルの方と話していると、例えばレストランの手前のエリアをウェイティングができるバーのように植栽を置きましょう、そこに照明を入れて天井に影を出しましょう、壁を塗装しましょうと、当初相談されていた照明デザインを通して提案する領域が広がっていきます。また、駐車場の照明を電球色にするだけでも、来訪者は何か違うなということを体で感じます。「照明の力というのは、見せてわかりやすいだけでなく、体感して伝わってくるようなイメージ。それが大切だと思っている」と、照明デザインのあり方について自身の考えを説明しました。
続いて登壇した増田氏は、福岡の一般の方からの依頼で、自宅を高級感がありながらもカジュアルな雰囲気の店舗に改装したエピソードを紹介。この仕事は依頼主の要望に基づいて、照明から内装デザイン、家具製作、施工管理までを一貫して担当するという初めての仕事で、特にお客様やお店のオーナーの時間の流れをデザインするという考えを大切にしたと話します。また、長町氏からのボーダーを超えない日常的な仕事との違いとはという質問に対して増田氏は、図面から空間・建築計画に対して照明デザインを考える通常の流れとの差異を強調しました。
4人目の登壇者の内木氏は、照明デザインを入口にエキシビション、展示デザインの領域にまで仕事の幅が広がっていると話します。展示デザインも含めたライティングにこだわった空間設計をするなかで、トータルに自分でコーディネーションできればどれだけ面白いライティング効果が生まれ、展示物の魅力を最大限に引き出せるのか。「照明デザイナーである前に、デザイナーとしてどんな空間表現ができるのかを、若い頃から常に考えていたことで、素材も含めて展示に必要な要素を自分で選択することができています。領域を超えるというのは、どこまでやっていいのか?ということを模索しながら考え、実践していくなかで積み上げていくものだ」と内木氏は話します。
5人目の登壇者は、シンガポール在住の服部氏。英語で「曖昧」を意味するambiguous(アンビギュアス)という会社を起業し、活動内容もボーダーを超えていくことを実践しています。その1つの事例が研究機関との連携で、照度だけでは設計できない、輝度分布と明るさ感を照明デザインに活用するためのツールの開発に取り組んでいます。服部氏は、「日本における輝度−明るさ感の研究は世界的に見ても一番進んでおり、日本から輝度設計を実践していきましょう」と話します。また、外から見た日本人の物事を曖昧に進める特異さに触れながら、自身も曖昧さを大切にし、ボーダーレスな活動を続けていく決意を語りました。
6人目は、モデレーターの長町氏の登壇です。北海道と九州の2つのプロジェクトについて通常とは何が違うのかを紹介する冒頭で、「実はどちらのプロジェクトも最初は存在していません。これは私たちの仕事では非常に多いパターンで、プロジェクトの発案は私自身(私の事務所)が行なっています」と説明します。行政や地域の人たちと話していくなかで物事がスタートしており、何か決まったプロジェクトがないところに新しいプロジェクトを作り出す。そして、照明そのものがソリューションとして使えるかを探っていく。つまり、普通の建築照明のスキルを使って、違う問題を解決していく。これが、自身が実践しているクロスバウンダリーなのではないかというプレゼンテーションでした。
7人目の登壇者である加藤氏は、自身と機械設計のエンジニア、宇宙工学のエンジニアの3人でデザインユニットを組み、「音楽を拡張しよう」というテーマで、演奏された音をリアルタイムに解析し、音に合わせた光を灯す『ブライトーン』という作品を創作。加藤氏は「自分が演奏した音がその場で光として可視化されることで普段とは違う演奏になったり、演奏者の中で音楽性が少しでも拡張したら面白いという意味でやっている」と話します。この活動は3人が本気で遊び、周囲の人たちの興味を引くことで異業種との交流や繋がりが生まれ、照明デザイン業界を俯瞰して見ることで、新たな視点を得ているとのことでした。
8人目の登壇者は中谷氏。まだあまり建築照明に特化した映像を専門にしたビデオグラファーはおらず、それならば設計者の視点で映像に納めようと、照明デザイナーからビデオグラファーに転身した経歴を持っています。空間の立体感や設計者の意図を表現することを心がけており、設計時に検討する3Dウォークスルーのイメージと竣工後の現実の映像がシンクロするような作品作りを目指していると中谷氏は話します。将来的にはドローンを用いた演出が照明設計に組み込まれてくるはずで、その際には架け橋となり、機器のプログラムや映像制作など、照明デザイナーとより新たな形でのコラボレーションを期待されています。
最後にモデレーターの長町氏、内原氏、中谷氏による総括があり、中谷氏は「それぞれの個性を生かした拡張の仕方、領域の超え方をしていけば、照明デザインの将来も明るいと思う」と話し、内原氏は「自分で思っていた価値観や自分がやっていることの効果、いろんなことが全然違う体験として返ってくるのがすごく面白い」と話します。長町氏は「私たちが日々、照明の力を使って違う問題を解決したいと考えているように、照明の能力をまだまだ生かせるものがある」と、照明の可能性に対する期待を述べてセミナーを終えました。